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笠先生がゆく~パワースポット巡り

2020年2月28日

【勝機の大舞台!唯一無二の獅子殿が待つ聖域へ!】~大阪前編~

当ブログでは久々の登場となりました。
スタッフの「近藤」です!
今回のロケーションはというと、江戸時代は天下の台所。
日本第二の都市と名高い大阪は難波!!
事の経緯はと言いますとですね、これはもう本当に個人的なことなのですが“どーしても負けられない戦い”がありまして。
もうこれを逃したら次はないぞ!と言いますか。
私の未来はこれで決まるんだ!みたいな、切迫した状況があったわけなのですよ。
(前回のブログで、婚期を掴みにいきターイ!と言っていた私なのでそのあたりはお察し頂けますと幸いです!笑)

そんなこんなの中、弊社コンテンツの監修を担っている【笠先生】に恥を忍んでご相談したところ…
「ナンパなら難波ですね」
…えっと、うん。
違うのよ笠先生?
っていうか先生シャレとか言うんですね!!びっくり!!
なんて突っ込みはさておきまして、先生は「失礼失礼」とケラケラ笑いながら続けたのでした。

「ちょうど大阪の方で仕事があります。良かったら同行しますか?
まさしく難波に、近藤さんにピッタリの“ナンバーワン”のパワースポットがあるのですよ。
世界一大きな獅子に食べてしまわれないようご注意、ですが。」

…えっと、もしかして先生。シャレがお好きなのかしら…
と少しばかり煩悶しつつ、とりあえず触れずにおこうと決めた私は、是非とも!とお願いしまして。
かくして大阪は浪速区、【難波八阪神社】へと笠先生と共にお邪魔させて頂くこととなったのでした!

今は遡ること5世紀前半ごろ。
この付近一帯を疫病が包んだと言います。
その時現れたのが、牛頭天王(ごずてんのう)。
と言われているそうで、こちらを祀ったのが八坂神社。
八坂神社と言えば京都のものが有名で、祇園天神とも呼ばれてきたのだとか。
祇園祭の起源ともなった神様としても知られていると先生には教えて頂きました。
今回の【難波八阪神社】が有名になったのは延久年間(1069年~1073年)の頃とのことで。
難波一帯の産土神として牛頭天王を祀り、紆余曲折の中今の姿があるそうです。
神仏分離が起こる前、牛頭天王は【素戔嗚(すさのお)】を起源とする説があったそうで、その関係かこちらの祭神の筆頭はまさにその【素戔嗚】。

この霊験あらたかな勝利のご利益をあやかる為に、
(あわよくばご縁結びのご利益も…)
【難波八阪神社】へとお邪魔させて頂きました!

街の一角に聖域が紛れ込んだと言いますか。
敷地はそれほど大きくないものの、この場所だけ別の時間の流れがあるかのような…
そんな不思議な雰囲気に包まれたこの場所。

何やら先生もいつも以上に厳かな雰囲気…

入ってすぐ左手に手水舎(ちょうずや)がありました。

なんといってもこの神社の見どころは、他に類をみない巨大な獅子殿!
ここには【素戔嗚】の荒魂が祀られていて、大きな口で勝利を呼び、邪気を飲み勝運を招いて下さるとのことで!
全国各地からのご参拝や御祈願もたえないともっぱらなのだそう。
その獅子殿がこちら!!

まさに威風堂々!!

獅子の中はこんな感じでした。

手を合わせる笠先生。

後に調べてみますと高さはなんと12メートル。
3階建てのビル位と言えばなんとなくその大きさがお伝わり頂けるでしょうか。
お正月には神楽や居合道、夏祭りには獅子舞や民謡などの芸能がここで奉納されるとのことで。
流石に当日は芸能の拝見はならず。
うーん、残念。

そんなわけでお賽銭を投げ入れまして、手を合わせた私。
勝利をこの手に!!
未来をこの手に!!!
なんて欲丸出しの手合わせでなんだか自分の小ささを感じること少々。
有難いパワースポットにまで足を運んで、こんなことでいいのか私…!?
と、我が身顧みる想いを抱えつつ、本殿に臨む前に先生と私は境内を少々探索。

実はこの【難波八阪神社】の境内にはですね、摂社・末社として計五社があります。
それが、【篠山神社】【稲荷神社】。
【三宝荒神社】に【市杵島姫神社】。
最後に、【皇大神社】。
こちらを画像でどどーんとお見せしますね!


これらが本殿の右手と左手に分散してお目見えしていました。
それぞれご利益も少しずつ異なっていて、
(祀られている神様が違いますから当然ですね)
何と言いますか、一粒で六度ありがたい場所なんだなあと。
我ながら凄く失礼な感想を述べてしまったかもしれないと、口にしてすぐ猛烈に後悔した私でしたが先生は、

「そう。ありがたいことなのだと思うこと。その気持ちがとても大切です。
そのありがたさを求め、願った背景がかつてこの地にあったことも忘れてはいけません。」

と。
…そうか、そうですよねって。思いました。
この場所に建立された神社は、ただ何となくそこにあるんじゃなくて。
“ここに建立されるべき理由”があった。
想えばこの場所を、はるかな歳月の中で数え切れない人たちが各々の苦しさや願いを胸に、その足を踏み入れてきたわけで。
同じ場所で、私も同じように手を合わせてる事実に。
何というか、過去と今が重なったような。
不思議な感覚を覚えたのでした。
いつか遠い未来の誰かも、この場所で、こんな風に手を合わせるのかなって。
なら、そのころにはもっといい社会や世界になってるといいな、なんて。
力を貸してくださいじゃなくて、いつもありがとうございますって、そんな報告が出来るような未来だったらいいなって、不思議とそう思ったのでした。

一つ一つに手を合わせ、いよいよ本殿に臨むことになった私たち。
その本殿がこちらです!

こちらに牛頭天王、すなわち【素戔嗚】が祀られていらっしゃるということで、先生と共に二礼二拍手一礼。
何と言いますか…
自分でも不思議だなって思うんです。
ここに来るまで私は、よっしゃ!勝つぞー!って。
そんなことばかり思っていたんです。
それはつまり、とてーも個人的な天下分け目のその大一番に勝てばこんな未来が待ってる、とか。
そういう未来をゲットするんだ!
なんて、言ってしまえば欲ぶかーい気持ち満々で。
ご利益にあやかろうなんてことばかり思ってたんです。
決して大きくはない境内だけれども、その分このパワースポットの全てを巡れたと言いますか、各所で手を合わせているうちに気づけば「無心」の自分が居ました。
無欲か、って言われるとちょっと自信がないのですけれども、
本殿で手を合わせて目をつむっているときは、心も頭もスッカラカンと言いますか。
「あ、願い事唱え忘れた…」
っていうくらいで。

そんなハッとした私の顔を見て先生は心の内を見透かしたのか、
「いいんですよ、それで」
と。
「夢の中と書いて、夢中と言います。ついに我を忘れると、無我夢中。
言葉の意味としてはあまり良くは使われませんけれどもね。
雑念を忘れ、この場と一体になる。それは見えざるものと繋がるということでもあります。
祈りとはすなわち、見えざるものと繋がる為のある種の装置です。
そしてその見えざるものとは、可能性とも言えます。
我を忘れて夢中になるということは、つまり夢を叶える可能性へと手を伸ばすことと同義でもあるのですよ。」
…な、なるほど。分かったような、分らないような!
という私の浅学極まる前向きな混乱を察したのか、先生はこう言いなおされたのでした。

「夢中になってやってみなさい。あなたの不安は、想像の産物でしかないんですから。これからどのようにも変えて行ける可能性こそが、あなたの最大の武器ですよ。」

ずきゅーん!ときました。
私ってば本当に単細胞…とちょっとだけ自虐しつつ、でも確かに、起こってもいないことで勝手に不安になったり。
あーだーこーだ悶着して、神頼みに走ったりで。
そっか。可能性があるんだって。
そう思ったら、そんな気持ちに素直にさせてくれたことこそが、この場所のご利益だったなんて。
そんなことまで思ったりして。
でも、来てよかったって。
本当にそう思えたんです。

大阪は浪速区、【難波八阪神社】。
ありがとう!私も頑張ります!
そんな言葉にならない感謝を投げかけながら、私の大阪のパワースポット巡りは無事帰路に…

つかなかったんです、これが。
境内を抜け、先生の背中に向けてお礼を投げかけようとしたその時。
フィギュアスケート選手並みに鮮やかなターンでくるりとこちらに向き直した先生。
「難波八阪神社の歴史は古く、少なくとも1000年前からあったと言われます。
ですがパワースポットというのは、由緒と歴史だけに左右されるものではありません。
今から約50年ほど前。大阪は吹田市に生まれたその場所は、いわば現代のパワースポット。
近藤さん、興味ありませんか?」

な、なんとー!
現代のパワースポット!!
いやもう、お断りする理由とかないですよねこちら!!!
ということでですね、まさかまさかの延長戦が始まることとなったのです。

こちらのご様子は次回のブログで!
私にとっては初上陸となった場所であったのですが、“そういうものがある”というのは知っていて。
今やどこで知ったのかは定かではないのですが、きっと皆さんもあの威風堂々たるお姿をみたらピンと来るんじゃあないかって。
それは、過去と今とそして未来を臨むもの。
天を衝く塔が、そこにはあったのです…!

to be continued...

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